ゆかりんだの日記♪

コメント頂けるととっても嬉しいです。よろしくお願いしますm(_ _)m       《「あっくんの日記」は青色の文字で、「家」に関してはピンク色の文字で書いています。》  ※お知らせ※ 皆さんからいただく「コメント」は「承認後表示」となっています。
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遅くなってすみません

新年明けましておめでとうございます。
・・・と、7日になってしまい。随分遅くなってしまいました。
今年もこんな調子ですが。よろしくお願いします。
ぼちぼちの更新ですが、よろしければお付き合いください。

お正月は、ニセコで過ごしていました。
「風みどり」というペンションで。3度目かな?
つっちゃんとあっくんはスキーを楽しみ、私は温泉。
いこいの村(じゃなくて、いろはっていう名前になってた)、くっちゃん温泉(ホテルようてい)、
まっかり温泉。風みどりのお風呂も温泉なので、4か所。温まってきました。
お部屋で紅白も見たし。聖子ちゃん、やっぱりダメダメだったなぁ・・・

そして、昨日からあっくんが奈良の義父母のところへ行っています。
家の玄関から一人旅。関空から実家の最寄り駅までの電車乗り継ぎが最大の難関。
でも迷わずに行けたそうです。今日は祖父母と一緒に伏見稲荷へ行ったとか。
あさって帰宅予定。その間私はまたひとりで温泉でも行くかな~。

では、毎年恒例?のおみくじ発表です。私は今日初詣で(これまた遅過ぎ)
引いてきました。

小吉 です。
(ここで去年のおみくじ記事を見てみます・・・去年は末吉)
(更に言うと、一昨年は凶)
見事に、一歩ずつ、上昇です。
この分でいくと、来年は中吉です。予言。

中身を読んでいくと・・・上がり調子の小吉と言うよりは
なんとなく下降線の小吉という感じで、あまりいい感触がありません。
今年はパッとしない1年なのかもしれません。
でもそんな運勢にも負けない私(笑)おみくじさんが「ごめんなさい、間違ってました」と
謝るくらい、楽しい1年にしてやるわよ(キリッ

願望 思うにまかせず目に見えて早くは出来ず
思った通りにいかない感じ?
指の具合も思うように回復しないということか。
あっくんの成績もこちらが期待するように上向きにはならないということか。
う~ん・・・運勢にまけないぞぅ~!

待人 来れども遅し
去年もこんな感じ。遅いけど来るからいいよね。

失物 身近 高い処
いつも高いところです、なぜか。

旅行 金銭の費多し慎め
え・・・これショック。
慎まなきゃいけないの?年末に大感謝祭行くのはどうなの?ダメなの?
「旅行」って程じゃないけど、ちょっとした旅が好きなんだけど、
控えた方がいいの?それは寂しい(>_<)

学問 基礎を見直し勉学せよ
ギターも再開できそうになく、何を勉学してみようか。

恋愛 感情を押さえよ
いや、常に感情だけで動いてるんですが私(笑)
でも大丈夫です、今は恋愛対象いないので。

病気 医師をえらべ
これは(゜-゜) 不満が溜まってる主治医を変えてもいいということでしょうか?
こんなことを言われたら本気で頭を過っちゃいます。
脚の手術は大丈夫だろうか・・・

池水に かげはさやかにうつれども 手にとりがたき 冬の夜の月
水の中の月の目に見えて手に取り難いと同じように心苦しみ多く思うに任せぬ事
引きつづき総て進みません
万事控え目に信神して時の来るのをまち身を守ること

この歌、有名な歌ですよね。学校で習った気がする。
冬の夜の月は青白く刺すように輝いて、それが凍るように冷たい池水に浮いていても
手に取ることはできない、っていうか、池水に手を入れることすらできない、レイノーだから(笑)
せめて春夏なら、試みることくらいはできるのに。
青白い月光を眼に映して、春が来るのを待ちましょう。

気を付ける部分は、心して。
迷いがあるときは指針として。
今年も1年、過ごしていこうと思います。

今日は七草粥の日。
毎年スーパーの「七草セット」を買ってお粥にしていますが、
今年は大幅省略してカブだけの「一草粥」です。
元気で過ごせるよう祈願していただきます。

2015年も終わり

今年はお正月気分もそこそこに、あっくんの入試で始まりました。
あっくん本人はマイペース。つっちゃんもほぼマイペース。私だけがバタバタしていた気がします。
3校の入試&合格発表&入学手続きと1週間ほどで怒涛のように過ぎ、
そのまま手つかずの冬休みの宿題に突入していました。
2月には「約束の杜の都」でライブ!遠征はやっぱり楽しい。
ライブそのものも、一緒に感動を分かち合える友達も。
帰りの飛行機が遅延するというハプニングもありましたが、それも含めて思い出深い旅でした。
3月は卒業式。大好きな小学校舎、大好きな校歌。あっくんの成長。
「政治家になりたい」ってほんと!?
私にとっても、6年間続けた読み聞かせサークルの卒業でもありました。
子供たちと一緒に成長し、かけがえのない時間を過ごさせてもらいました。
そして春休みの長崎旅行。長年の夢が叶いました。
とても素敵な街。ましゃのルーツを感じました。
でもまだ物足りないのでまたいつか必ず訪れたいです。
4月は入学式。久々に義父母の滞在。おもてなしパワーが劣ってきている・・・
沼津へのお仕事(のようなもの)もありました。
美味しいものを食べ、懐かしい友達に会い。お仕事的に得るものもあり。
そのあと、冬が終わったタイミングでなぜか右足指のレイノーが悪化。
季節を問わず心配の種となりました。これが引き金となり左股関節の壊死も悪化。
5月には中学の時から大好きだったクリストファークロスのコンサートで
大切な後輩と再会。48年の人生で出会った友達、育んでくださった人達は私の宝物。
生きていくパワーの源です。だからこの再会も本当に嬉しかったの!
夏はなんだか蒸し暑かった記憶。湿度が高いのは私キライ。
そして8月、横浜でのスタジアムライブ!今までで最も遠い席だったんじゃないだろうか。
(初めてのましゃコンサート’93の厚生年金会館2階席より遠かった気がする)
それでもあの場に居れて、ライブの空気を共にできたのは本当に嬉しかった。
9月は、ましゃファンは「ましゃの結婚」を大ニュースに入れないとならないのだろうけど、
私にとってはそんなに大ニュースじゃない(笑)当然ましゃロス(今年の流行語?)もない。
網走へお仕事(のようなもの)で訪れたり、十勝川温泉で友達と楽しい時間を過ごしたり。
季節を問わなくなったレイノーは、11月から早々に右手中指で悪さを始める。
12月に入りリプルの点滴2週間。ちょっとは改善したけど・・・これから先が思いやられる。

そして今年は御朱印デビューもしました。
札幌市内の神社の他、旅先でも御朱印をいただくために神社やお寺を訪れることができました。

年女だった1年が終わります。
来年は40代最後の年齢を迎えます。
どんな1ページになることか。まずはおみくじで占ってみたいと思います。

皆さま、佳いお年をお迎えください。

柔道大会

あっくんの学校の校技はラグビーと柔道。
年に1回校内のラグビー大会、柔道大会があります。
11月に柔道大会がありました。学年内の個人戦と団体戦(クラス対抗)。
あっくんは小学生の時から柔道をやっていて、少々自信があったのでこの大会は楽しみにしていました。
自信は「慢心」でもあったと思います。入学してから始めた人が多数の中、勝つに決まってると。
私はそういう時こそ危ないと思い、1ヶ月前くらいから帰宅後のランニングを勧めました。
いつもなら面倒くさがるあっくんも、勝ちたい気持ちが強かったためか素直に受け入れ、
帰宅が遅くなった日も頑張って走っていました。
そして、小学生の時入っていた少年団へ飛び入り稽古に数回。
個人戦のトーナメントが発表になり、2回戦目に体の大きい強敵と当たることが判明。
それでも「手こずるかもしれないけど勝てるさ」くらいに思っていたようです。
試合当日。1回戦目は一本勝ち。でも思ったより時間がかかる。
そして2回戦目。・・・一本負けでした。
身長が20cm以上違うとはいえ、柔道を始めて半年の相手に。
悔しくて悔しくて、号泣でした。周りもびっくりするくらい。
あれほど泣くとは思っていなかった、親の私も。掛ける言葉もないくらい。

個人戦2回戦目で負けた相手と、10日後の団体戦でもう一度当たることになっていました。
どちらも団体戦の大将。
あっくんは燃えていました。小さい自分が大きい相手に勝つ方法を考え、ランニングも継続。
そして、団体戦。
自分の勝ちはもちろん、チームとしての勝ちも、大将は背負う。
個人戦の時の「どうせ勝てるから」みたいな表情は消えていました。
相手が掛けてきた技を利用して、自分も技を掛け返す。そして・・・一本勝ち!
「ドヤ顔」決まってました。

この柔道大会で芽生えた感情の全てが、これからの人生の基本になると思っています。
「どうせ勝てるから」という慢心。そう思いながらも勝ちに向かって備えたこと。
そしてかつてないほど悔しい思いをした負け。
負けたからこその闘志、対策を練り、得られた勝利、喜び。
全てがかけがえのない財産になると思います。
負けてよかった。勝ってよかった。

勉強も柔道と同じなんだよ。
慢心では勝てない。準備もせず自信もないから負けても悔しくもない。
努力して頑張って向かって、負けたらすごく悔しくて、何が足りないか対策を練る力になる。
次こそ勝ちたいというパワーになる。そして勝った時の喜び。
勉強(試験)も同じなのに。早くそこに気付いてほしい。
・・・が、今のところ勉強に結びついていないあっくんでした・・・

3年前のことを今更感謝

昔のビデオを眺めていて、ふと思ったことです・・・


今から3年前、小学4年生の時、あっくんは柔道を始めました。
礼の仕方、受け身の仕方から始まり、立ち技の基本的なものも習って。
あっくんは 一本背負い が好きでした。
小学生にとってはかなりの豪快な技。そりゃ格好いいけど、これを決めるのはなかなか・・・
でも先生は「よし!○○(あっくん)の持ち技にしろ」と。
あっくんは一所懸命に練習したけど、もちろんそれは険しい道のりで、上達する様子はない。
5年生になって大会にも出るようになり、あっくんは張り切って一本背負いをかけようとするけど
当然全く決まりません。体力ももたないし、そもそも下手くそだし、
自分のかけた技で自分が振り回され自滅する展開。
私は全く柔道の心得はないけど、そんな素人が見ていても
「一本背負いなんて全然無理だし、そんな不可能な技でやらせるんじゃなくて
大外刈りとかもっと基本的な技を使うように言ってくれればいいのに」と
先生に対してちょっと不満を持っていました。

そして3年の月日は流れ、つい数日前。
必死に一本背負いをかけて空回りしている小さなあっくんのビデオを見て。
今更気付いたのです。「先生が正しかった」と。
先生に感謝の気持ちでいっぱいになりました。本当に今更ですが。

柔道を習い始めて相手を倒したり抑え込んだり、技を覚える楽しさを感じる中で、
「この技かっこいい!これができるようになりたい!」と思ってる子供に
「いやいや、それは難しすぎるからこっちの易しい方にしなよ」なんて、
どんだけつまらない指導なんだろう。
「オウそうか、それでいけ!」と応援してもらえる指導をしてもらえて、
あっくんはどれほど幸せだったろう。
かっこいい技で勝ちたくて、でも現実はやっぱり勝てなくて、
他の技もかけてみようかと気付き、勝てるようになる。
それを指導者が先回りして答えを提示してしまう必要性なんてない。

他の少年団では私が「つまらない」と言ってしまった指導をするところも、実際にはあります。
「勝たせたい!」と思えばその方が近道だし、「勝つ」ということも子供にとっては喜びで
やる気にもつながるから、その指導が必ずしも間違いでもないかもしれません。
でも私は「勝てる見込みのある技」じゃなく「本人がやりたい技」を
思う存分させてくれた指導に、そういう方針の少年団に、感謝しています。

北の湖

北の湖が亡くなってしまった。

私が物心ついたとき、北の湖は横綱だった。
・・・いや、横綱は北の湖だった。
「横綱」というのは北の湖のことだったんだ。
絶対負けない。絶対強い。
私の母は嬉しそうな顔もせず勝ち続ける北の湖が「嫌い」と言った。
よく言われる「憎まれるほど強い」。

私は子供のころから父と一緒に相撲を見ていた。
当時北海道の人は巨人ファンが多かったけど、野球なんて興味なくて、
好きだったのは相撲。
相撲はひと試合1分もあれば終わる。テレビ中継の途中から見ても途中までしか見れなくても支障なし。
あまりルールを知らなくても、勝敗くらいは子供でもわかる。
いつも強い北の湖を見ていた。
そして土俵に上がるとき「北海道有珠郡壮瞥町出身」とアナウンスされることが
子供ながらに嬉しかった。誇らしく思った。

私は力士の中で一番千代の富士が好き。
でも、私にとって「横綱」というイメージに一番ぴったりくるのは北の湖かもしれない。
千代の富士は笑顔の思い出がたくさんあるけど、北の湖の笑顔って、見た覚えがない。
千代の富士はプライベートのことを語ることも聞いたことがあるけど、
北の湖が相撲以外の家庭の話などを話すのって、聞いた覚えがない。
力士の時から、愛想を良くしたり敷居を下げることではなく、
とにかく立派な相撲を取ること、横綱の責を全うすることで人々を喜ばせたい、
ずっとそこに徹してこられたのだと思う。

子供のころに大きな存在だった人が亡くなるのは本当に寂しい。
思い出も一緒に遠くへ逝ってしまうような気持になる。

今日、壮瞥町の北の湖記念館に行ってきました。
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思い出の中で、北の湖はいつまでも「強い横綱」として、輝き続ける。
ありがとうございました。
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