ゆかりんだの日記♪

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ウチとソトの意識

今日、用事があったので、中心街まで地下鉄に乗って行きました。

20代前後のカップル(って、死語?)が途中から乗ってきました。
お姉ちゃん、金髪(日本人です)。すっごい化粧。お兄ちゃんも相応の感じ。
私よりあとの駅で乗ってきて、私より早い駅で降りたわけだけど、
乗車の時から降車の時までずーっとお喋りをしてた。普通の声で。
自分のお部屋とか自家用車の中で喋るがごとく。
走行中に音がうるさくて少し大きな声を出す、とかじゃない。
走行中だろうが停車中だろうが、同じ調子で喋っている。
車内に二人の会話が響き渡っているのを知ってか知らずか。

きっと、そういう光景って「全然」珍しいことじゃないんだろう。

でも珍しくなければ、多数派になってしまえば、許されるのか?
それが「普通なこと」で、「おかしいと思う私がおかしい」ことになるのか?

ウチでは許されてもソトでは許されないことがある。
ウチではないソトにいる時の緊張感とか、堅苦しさ。
ウチとソトの違い。そういう意識が(自分も含めて)低下してる気がする。

私が子どもの頃、「街へ行く」というときは、ちょっといい服を着たりした。
ドレスを着るわけじゃないけど、その辺で遊んでる服のままでは行かなかった。
普段着ない「ブラウス」を着たり。
「着替えなさい」とも言われたし、自分も可愛い服を着れるのが嬉しいので
「街に行くから着替える!」と言ってたと思う。
逆にそういう服は普段は着ない。ウチでは着ないのだ。

今って(自分もそうだけど)街へ行くからといって着替えなんかしない。
普段着で行くというのもあるし、普段からボロなんか着てないというのもある。
ウチの服でソトへも行けるし、ソトの服をウチでも着ている。
…違いがない、ということだ。 

今は、ウチでしかできなかったことも、ソトでも普通にできる。
例えば好きな音楽を自分の部屋にいるがごとく聴くとか、
思い立った時に電話でお喋りするとか。
だから余計にウチとソトを混同するのか。

ウチにいても、いきなりソトに通じてしまうこともできる。
パソコンの画面の向こうは地球規模のソトだ。
こちらはスッピンでパジャマ姿で鼻をほじりながらでも(例えです)
何万何億の人の目に触れるかわからないソトの世界。

自分が「ちゃんと踏まえている」という自信はないです。
きっと私もずるずる境目がなくなっている。
でも、ウチでは緩めてもソトでは締める。そういう緩急は必要だと思うし、
子どもには教えていかなくてはいけないことだと思う。

Comment

編集
>まきまるさん
私は細木数子がだいっっっっっきらいなので、テレビで観ないんですけどね(笑
たぶん(というか確実に)自分も若い頃、社会人になりたてで働きだした頃、
「今の若い子は…」と言われていたんです。
そんな私ですら、歳をとった今「今の若い子は…」と思う。
10数年後、「今の若い子は…」と言われるであろう、「若い子予備軍」を育てている身としては、
なんとか最低限の常識を身につけさせなければと、責任を感じます。
2007年10月08日(Mon) 23:24
編集
ゆかりんださんの日記読んで考えさせられたな・・・。
家族で父・母・姉の職場の事をよく話すのですがやっぱり世代世代で『常識』というのが少しずつ甘く?!なってるような気がします。私も「あの子常識ないよね~」と思う事あるけど自分にもありありなんだろうな・・・(^^;)

細木数子がよくテレビで若者の話を聞いて呆れてるけど・・・私もきっとその一人なんだろうな(^^;)

『自分に厳しく』ありたいものです(^^;)
2007年10月06日(Sat) 15:45












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