ゆかりんだの日記♪

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北の湖

北の湖が亡くなってしまった。

私が物心ついたとき、北の湖は横綱だった。
・・・いや、横綱は北の湖だった。
「横綱」というのは北の湖のことだったんだ。
絶対負けない。絶対強い。
私の母は嬉しそうな顔もせず勝ち続ける北の湖が「嫌い」と言った。
よく言われる「憎まれるほど強い」。

私は子供のころから父と一緒に相撲を見ていた。
当時北海道の人は巨人ファンが多かったけど、野球なんて興味なくて、
好きだったのは相撲。
相撲はひと試合1分もあれば終わる。テレビ中継の途中から見ても途中までしか見れなくても支障なし。
あまりルールを知らなくても、勝敗くらいは子供でもわかる。
いつも強い北の湖を見ていた。
そして土俵に上がるとき「北海道有珠郡壮瞥町出身」とアナウンスされることが
子供ながらに嬉しかった。誇らしく思った。

私は力士の中で一番千代の富士が好き。
でも、私にとって「横綱」というイメージに一番ぴったりくるのは北の湖かもしれない。
千代の富士は笑顔の思い出がたくさんあるけど、北の湖の笑顔って、見た覚えがない。
千代の富士はプライベートのことを語ることも聞いたことがあるけど、
北の湖が相撲以外の家庭の話などを話すのって、聞いた覚えがない。
力士の時から、愛想を良くしたり敷居を下げることではなく、
とにかく立派な相撲を取ること、横綱の責を全うすることで人々を喜ばせたい、
ずっとそこに徹してこられたのだと思う。

子供のころに大きな存在だった人が亡くなるのは本当に寂しい。
思い出も一緒に遠くへ逝ってしまうような気持になる。

今日、壮瞥町の北の湖記念館に行ってきました。
image2 (1)

image3.jpg

思い出の中で、北の湖はいつまでも「強い横綱」として、輝き続ける。
ありがとうございました。

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