ゆかりんだの日記♪

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2015年も終わり

今年はお正月気分もそこそこに、あっくんの入試で始まりました。
あっくん本人はマイペース。つっちゃんもほぼマイペース。私だけがバタバタしていた気がします。
3校の入試&合格発表&入学手続きと1週間ほどで怒涛のように過ぎ、
そのまま手つかずの冬休みの宿題に突入していました。
2月には「約束の杜の都」でライブ!遠征はやっぱり楽しい。
ライブそのものも、一緒に感動を分かち合える友達も。
帰りの飛行機が遅延するというハプニングもありましたが、それも含めて思い出深い旅でした。
3月は卒業式。大好きな小学校舎、大好きな校歌。あっくんの成長。
「政治家になりたい」ってほんと!?
私にとっても、6年間続けた読み聞かせサークルの卒業でもありました。
子供たちと一緒に成長し、かけがえのない時間を過ごさせてもらいました。
そして春休みの長崎旅行。長年の夢が叶いました。
とても素敵な街。ましゃのルーツを感じました。
でもまだ物足りないのでまたいつか必ず訪れたいです。
4月は入学式。久々に義父母の滞在。おもてなしパワーが劣ってきている・・・
沼津へのお仕事(のようなもの)もありました。
美味しいものを食べ、懐かしい友達に会い。お仕事的に得るものもあり。
そのあと、冬が終わったタイミングでなぜか右足指のレイノーが悪化。
季節を問わず心配の種となりました。これが引き金となり左股関節の壊死も悪化。
5月には中学の時から大好きだったクリストファークロスのコンサートで
大切な後輩と再会。48年の人生で出会った友達、育んでくださった人達は私の宝物。
生きていくパワーの源です。だからこの再会も本当に嬉しかったの!
夏はなんだか蒸し暑かった記憶。湿度が高いのは私キライ。
そして8月、横浜でのスタジアムライブ!今までで最も遠い席だったんじゃないだろうか。
(初めてのましゃコンサート’93の厚生年金会館2階席より遠かった気がする)
それでもあの場に居れて、ライブの空気を共にできたのは本当に嬉しかった。
9月は、ましゃファンは「ましゃの結婚」を大ニュースに入れないとならないのだろうけど、
私にとってはそんなに大ニュースじゃない(笑)当然ましゃロス(今年の流行語?)もない。
網走へお仕事(のようなもの)で訪れたり、十勝川温泉で友達と楽しい時間を過ごしたり。
季節を問わなくなったレイノーは、11月から早々に右手中指で悪さを始める。
12月に入りリプルの点滴2週間。ちょっとは改善したけど・・・これから先が思いやられる。

そして今年は御朱印デビューもしました。
札幌市内の神社の他、旅先でも御朱印をいただくために神社やお寺を訪れることができました。

年女だった1年が終わります。
来年は40代最後の年齢を迎えます。
どんな1ページになることか。まずはおみくじで占ってみたいと思います。

皆さま、佳いお年をお迎えください。
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柔道大会

あっくんの学校の校技はラグビーと柔道。
年に1回校内のラグビー大会、柔道大会があります。
11月に柔道大会がありました。学年内の個人戦と団体戦(クラス対抗)。
あっくんは小学生の時から柔道をやっていて、少々自信があったのでこの大会は楽しみにしていました。
自信は「慢心」でもあったと思います。入学してから始めた人が多数の中、勝つに決まってると。
私はそういう時こそ危ないと思い、1ヶ月前くらいから帰宅後のランニングを勧めました。
いつもなら面倒くさがるあっくんも、勝ちたい気持ちが強かったためか素直に受け入れ、
帰宅が遅くなった日も頑張って走っていました。
そして、小学生の時入っていた少年団へ飛び入り稽古に数回。
個人戦のトーナメントが発表になり、2回戦目に体の大きい強敵と当たることが判明。
それでも「手こずるかもしれないけど勝てるさ」くらいに思っていたようです。
試合当日。1回戦目は一本勝ち。でも思ったより時間がかかる。
そして2回戦目。・・・一本負けでした。
身長が20cm以上違うとはいえ、柔道を始めて半年の相手に。
悔しくて悔しくて、号泣でした。周りもびっくりするくらい。
あれほど泣くとは思っていなかった、親の私も。掛ける言葉もないくらい。

個人戦2回戦目で負けた相手と、10日後の団体戦でもう一度当たることになっていました。
どちらも団体戦の大将。
あっくんは燃えていました。小さい自分が大きい相手に勝つ方法を考え、ランニングも継続。
そして、団体戦。
自分の勝ちはもちろん、チームとしての勝ちも、大将は背負う。
個人戦の時の「どうせ勝てるから」みたいな表情は消えていました。
相手が掛けてきた技を利用して、自分も技を掛け返す。そして・・・一本勝ち!
「ドヤ顔」決まってました。

この柔道大会で芽生えた感情の全てが、これからの人生の基本になると思っています。
「どうせ勝てるから」という慢心。そう思いながらも勝ちに向かって備えたこと。
そしてかつてないほど悔しい思いをした負け。
負けたからこその闘志、対策を練り、得られた勝利、喜び。
全てがかけがえのない財産になると思います。
負けてよかった。勝ってよかった。

勉強も柔道と同じなんだよ。
慢心では勝てない。準備もせず自信もないから負けても悔しくもない。
努力して頑張って向かって、負けたらすごく悔しくて、何が足りないか対策を練る力になる。
次こそ勝ちたいというパワーになる。そして勝った時の喜び。
勉強(試験)も同じなのに。早くそこに気付いてほしい。
・・・が、今のところ勉強に結びついていないあっくんでした・・・

3年前のことを今更感謝

昔のビデオを眺めていて、ふと思ったことです・・・


今から3年前、小学4年生の時、あっくんは柔道を始めました。
礼の仕方、受け身の仕方から始まり、立ち技の基本的なものも習って。
あっくんは 一本背負い が好きでした。
小学生にとってはかなりの豪快な技。そりゃ格好いいけど、これを決めるのはなかなか・・・
でも先生は「よし!○○(あっくん)の持ち技にしろ」と。
あっくんは一所懸命に練習したけど、もちろんそれは険しい道のりで、上達する様子はない。
5年生になって大会にも出るようになり、あっくんは張り切って一本背負いをかけようとするけど
当然全く決まりません。体力ももたないし、そもそも下手くそだし、
自分のかけた技で自分が振り回され自滅する展開。
私は全く柔道の心得はないけど、そんな素人が見ていても
「一本背負いなんて全然無理だし、そんな不可能な技でやらせるんじゃなくて
大外刈りとかもっと基本的な技を使うように言ってくれればいいのに」と
先生に対してちょっと不満を持っていました。

そして3年の月日は流れ、つい数日前。
必死に一本背負いをかけて空回りしている小さなあっくんのビデオを見て。
今更気付いたのです。「先生が正しかった」と。
先生に感謝の気持ちでいっぱいになりました。本当に今更ですが。

柔道を習い始めて相手を倒したり抑え込んだり、技を覚える楽しさを感じる中で、
「この技かっこいい!これができるようになりたい!」と思ってる子供に
「いやいや、それは難しすぎるからこっちの易しい方にしなよ」なんて、
どんだけつまらない指導なんだろう。
「オウそうか、それでいけ!」と応援してもらえる指導をしてもらえて、
あっくんはどれほど幸せだったろう。
かっこいい技で勝ちたくて、でも現実はやっぱり勝てなくて、
他の技もかけてみようかと気付き、勝てるようになる。
それを指導者が先回りして答えを提示してしまう必要性なんてない。

他の少年団では私が「つまらない」と言ってしまった指導をするところも、実際にはあります。
「勝たせたい!」と思えばその方が近道だし、「勝つ」ということも子供にとっては喜びで
やる気にもつながるから、その指導が必ずしも間違いでもないかもしれません。
でも私は「勝てる見込みのある技」じゃなく「本人がやりたい技」を
思う存分させてくれた指導に、そういう方針の少年団に、感謝しています。
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