ゆかりんだの日記♪

コメント頂けるととっても嬉しいです。よろしくお願いしますm(_ _)m       《「あっくんの日記」は青色の文字で、「家」に関してはピンク色の文字で書いています。》  ※お知らせ※ 皆さんからいただく「コメント」は「承認後表示」となっています。
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2月29日

こんな4年に1回しかない大事な日なんだから、ブログに残しておかなくては!と、
書こうと思いつつも・・・

書くことないよ(笑)
(ここで既に10分くらい経過してる)

よし!このことを!と思っても、
急にそんな重い話ですか・・・みたいな内容だったり、
そうかと思うと、また食べ物の話?みたいなくだらないことだったりで・・・
適した話題がない。

うーむ。

ま、いいっか。適してても適してなくても、私のブログなんだし。


小学校の読み聞かせサークルの代表を務めさせていただいて丸1年になろうとしています。
膠原病友の会でも、事務局という大事な役割をさせていただいて6月で丸3年です。
つくづく、自分はこういう立場に向かない、力不足、を感じます。

私はこれでもかなり自信過剰なタイプなので(笑)
計画を立てたり、なにかを仕切ってやるのが好きでもあるので、
そういう「上に立つ立場」も、嫌いではないです。割と喜べる方。
でも、好きとできるは違う。つくづく痛感しています。

上に立つ者は、広くみんなの意見を聞いて、それをまとめて、
進む方向を決められないといけない。
ただ聞いてるだけで、どっちに進むか決められないのではダメ。
視野を広く持って、だけども進む方向はしっかりと見定めて。
そして、私が言うこと、とる態度は、「会全体」を表してるということ。
私の返事や表情にはその「責任」があるということ。

こんなことは当たり前なのに、今更気付いている。
ここまではそんなことに気付きもせずやってきたということ。おーコワ。

私にとっては本当に貴重な、自分を高められる感謝すべき経験。
でも、私がさせてもらっているお陰で、周りが大変な思いをしているのかもしれない。
でも、たぶん新年度も継続してやることになりそうなので、
「私ではダメなのでできる人に代わってください」なんて泣きごとを言わず、
「私が『できる人』になればいい!」と、いい意味で自信過剰になって(笑)
頑張るしかないと思っている。
(でもなぁ、もともとの力量が不足してるからなぁ)



2月29日。こんな内容でよろしかったですか?



ちなみに(以下追記)
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人は環境の子なり

この言葉を初めて聞いたのは、自分の結婚式の時。
仲人(って今は死語?私の頃が結婚式には普通に仲人がいる最後だったと思います)さんから
いただいたご挨拶の中にあった言葉でした。

あっくんが幼稚園年長の1月にディズニーランドに行って、
その帰りの飛行機でふと思ったことでした。
「こんな夢の国に『今日暇だからディズニーランドでも行く?』っていう感覚で
行けちゃう距離に住んでる人は、人生観が違うだろうな」って思いました。
私がディズニーランドに行こうと思ったら、まず飛行機を取り、
荷物をまとめ、本当に「旅行」として行くしかありません。
家を出発して荷物を抱えてJRに乗り、飛行機に乗り、電車に乗り、ホテルに着いて
その時点でクタクタで、でも、その時間の中徐々に「夢の国」に向けて気分を高め
疲れとワクワクが同じくらいに高まって、そしていよいよ夢の国。
夢の国から帰る時も、重い荷物を引きづりながら少しずつフェイドアウトして
現実に帰っていく。疲れとともに。
でも、世の中にはそんな「高めたり鎮めたり」を必要としない、
ふらっとディズニーランドに行けちゃう人がいる。まるで近くの遊園地のように。
人間の根本が違っちゃってるんだろうなと思った。
どちらがいいとか悪いとかいう話じゃなく。違うなーって。

それと同じで。

住んでる環境で、思考とか性分とか、ベースの部分が違う気がする。
環境は言葉を発するわけでもないし、ただ「身の周り」「空気」だけど
そして明確に「影響された!」ってものでもない、
住んでる者にとっては当たり前の風景だったり気候だったり、気にも留めないことでも
それに育てられてる部分は大きいだろうなと思う。



私は千春世代ではないんですけど、この曲はガツンときます。
やっぱりこの曲がガツンとくるのは北海道の人、少なくとも北国の人なんだと思う。
温かい地域の人は、頭で理解しても実感が伴わないのでは。
北海道の人にとってこの曲は心をえぐられます。氷点下の風が吹く。
「育てられた環境そのもの」だから。

子供の頃、真っ赤な頬に雪が吹き付けて張り付いて、体を斜めにしながら学校まで歩いて
スキー学習では雪の上にビニールの敷物を敷いてカチカチのおにぎりを食べて
母親が通学時間に間に合うようにやっとの思いで一本道の雪はねをしてくれて
そこをかじかむ足に長靴を履き、それでも雪玉を投げたりつららを食べたりしながら歩いて
雪が融けて一斉に花が咲くのは5月に入ってから。
肌寒いと思っても頑張って半袖を着て、震えながら海水浴をして
短い夏。半年以上も雪の中の生活。
「そうだった人」と「そうじゃない人」は、それは違って当たり前。
そんな大自然に、「環境」に、育てられてる。
北海道だろうが、田舎だろうが、都会だろうが、それぞれの環境に、育てられてる。


ふるさとって、ただ「子供の時の家がある」とか「通った小学校がある」だけじゃなく
そこに自分のsoulがあるって、思います。motherなんだと思います。

しあわせのパン

しあわせのパン
shiawase300_80.jpg
観てきました。

「観る」というより「感じる」映画、という気がしました。

洋ちゃん、いいですね。知世ちゃんもいいけど、洋ちゃんが。
知世ちゃんとは同い年で(びっくり)「時をかける少女」も映画館で観た世代ですから
もちろん大好きだし、馴染み深いと思うけど、
洋ちゃんはもう、息子みたいな感じ(笑) 頑張んだよ!って。
北海道の景色と空気にぴったりだものね。洋ちゃん。やっぱ地産地消。

今観て今色んなことに気付く、というより、
ずっとあとから「あぁ、あれはこういう意味だったのかな」って気付くような
心に蓄積してずっと何かを伝え続けてくれるような、映画だと思いました。

「月とマーニ」(映画に出てくる絵本)の中の
(月のことを)「照らされているあなたが照らしている」という意味のセリフ。
わかるような、まだちゃんとわかってないような。
ずっと噛みしめたい言葉。

そして、何度も出てくる、パンを2人で分けあって食べるシーン。
その幸せの意味。

きっと、今感じた気持ちと、これから何年も経って感じる気持ちと、
違っていくんじゃないかな、と思いました。


突っ込みどころも満載で(笑)
いや、そういうことをチェックする映画じゃないのさ(北海道弁)
「感じる映画」だからそんなこといいのさ。
そう思いつつも
首も座ってるような赤ちゃんに「名前は決まったの?」とか(笑)
あの北海道の片田舎の小学校で素敵な制服はないしょ?とか(笑)
(北海道の小学校は基本的に制服はありません、体操服もありません)
皆さんの食べたパンやコーヒーや宿泊費はどうなってるの?とか(笑)
簡単に「泊まっていきなよ」とか、注文してない食事出したりしてるけど
それはお金はどうなってるの?とか(笑)
・・・だから、いいんだって、ね。
北海道だからそんなことは「なんもだよ」で済むんだよね、きっと。


心地よい映画でした。
そして、焼きたてのパンが食べたくなりました(笑)

純白の夢よぶ世界のひろば

第63回さっぽろ雪まつり
top_l_poster63.jpg
「札幌雪まつり」でも「さっぽろ雪祭り」でもないです。
「純白の夢よぶ世界のひろば」っていうキャッチフレーズは昭和53年からずっと変わらず。
覚えよう!と思ったわけじゃないけど、なんとなく覚えてしまっています。

正直、寒いんですよ。めちゃくちゃ。
「なンまらしばれるっしょー!」と北海道弁で言わさる(←これまた北海道弁)くらい
腹立つくらい寒いですよ。
でも、あっくんが学校で札幌の歴史を勉強し、その中で雪まつりのことも学び、
そんなこともあって、仕方なく行ってきました。
混雑する前の8時半過ぎに行ってきました。だから余計に寒い!
昨晩降った雪が雪像に被っていて、自衛隊さんが雪払いをしていました。
雪像も雪。降ったのも雪。スコップで雪かきはできないので
空気を吹き付けたり(逆掃除機?)ほうきで掃いたりしていました。

SN3Q0055.jpg
台湾の故宮博物院。昨年夏に本物を見ました。
こちらは雪像じゃなく氷像。雪が被っていますが、これはこれで綺麗です。
あっくんと従姉のナッチ。春から4年生と6年生になります。

SN3Q0056.jpg
インドのタージ・マハル。
「インド」という雪とは無縁の建物が、雪像。
親子で写ってますが・・・見なかったことにしていただいて(笑)

SN3Q00340002.jpg
会津鶴賀城。
私は、この雪像が今回の雪まつりでは一番美しいんじゃないかなーと思いました。
小雪像は色々とありましたが、大雪像は、今年は建物が多いですね。

SN3Q0057.jpg
トリコ×ワンピース。
建物じゃない大雪像。
こういうキャラものは、迫力は建物に負けるけど、
表情とかとても難しいだろうなーと思います。
本当に精巧に作らないと、どこぞの国のパクリものみたいになっちゃうし、
でも、いつも「全く本物そのものだ!」って思うくらい、完璧です。

昔はひたすら雪像だけがいっぱいあったのですが、
今は温かい食べ物ブースがたくさんあって、食も楽しみながら美しい雪像を見れます。
足元も昔はツルツルで、雪像を見に行ってるのか足元をひたすら見てるのか
わからないくらい下ばかり見て歩いてました。
今は融雪剤や砂を撒いて、かなり足元は安全になっています。
それにしても寒い。本当に寒い。

ということで・・・


SN3Q0058.jpg
お決まりの(笑)休憩@さっぽろスイーツカフェ。
ケーキが2つ乗ってるのがもちろん私。
子どもの方が大人っぽいケーキのような気がするのは・・・気のせい?

後悔しないかも(笑)

「死ぬ前に語られる後悔」トップ5

↑これを読む限り、私は死ぬ前に全然後悔しないっぽい(笑)

1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
自分に忠実。つまりとても我がままに生きてます、私。
自分のしたいことをしたいように。
子どものころから好きな教科はとことん極め、嫌いな教科はさっさと撤退。
やりたいときにやりたい分だけ勉強して、まずまず好きな学校に進学し、
好きな友達と好きなように遊んで、
好きな人には相手の迷惑も考えず散々気持ちをぶつけて。
自分主導で結婚して自分主導で子育てして、今も好きなことを好きなように。
これ以上忠実になる必要ないです、少し控えたら?くらいに忠実です。

2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
ちょっと、一生懸命働きなよ(怒)と思われるくらいで。
仕事をしていた時も、現在の家事も。
後悔するとしたら「もっと一生懸命働けばよかった」ですね、私は。
(ところで最近はすっかり「一生懸命」が主流なんですか?
私が学校で習った時は「一所懸命」で、「一生懸命」と書くと×だったんですけど)

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
気持ち、表わしまくりです。
これまた「少し控えてよ(怒)」くらい、表わしまくりです。
気持ちだけで動いてますから、ぶつけまくってます、周囲に。
周囲の皆さん、ごめんなさい。

4. 「友人関係を続けていれば良かった」
友人多過ぎです(笑)
私と友達でいてくださる皆さんのお陰。
皆さんのお陰で私は死ぬ間際に後悔しなくて済みます。
皆さんにいつも可愛がってもらえます。いつも楽しい時間をいただけます。
いつも私を成長させてもらってます。
死ぬ数週間前にならなくたって、まだたぶん死ぬ数十年前だと思う(思いたい)けど
ちゃんと友達のありがたさは気付いているつもりです。
あ、でも、私からは返していないのかなぁ、いつもいただくばかりで。
そう思うと、唯一これは後悔するのかもしれません。

5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
ごめんなさい、幸せにしてます。自分を。第一に。
私、自分が幸せで自分が楽しくなくちゃ、人を幸せにも楽しくもできないと思ってるから。
自分を大事にしないと人を大事にできないから。
だから、自分の幸せは一番大切です。私を一番愛してるのは私(笑)自分大好き(笑)


ということで、全然後悔しない人生。嬉しい♪
皆さんはいかがですか?

ケーキバイキング@ろまん亭

ろまん亭藻岩下店のケーキバイキングに行ってきました。
一人1260円。販売用のケーキ(一部除外あり)食べ放題と1ドリンク。

1回目。
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2回目。
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3回目。
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そして・・・4回目。
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なんと合計7個。記録更新です。
前回は6個で限界でした。今回はプリン系を2個入れたのと、
シフォンケーキとかあまり生クリームこってり系を選ばなかったことが勝因かもしれません。
帰宅後の苦しさも前回よりはマシです(っていうか苦しくなるまで食べるのが間違い)。

あと、大きいのは
バイキングとは別注文でフライドポテトを頼んだこと。
(写真にもチラッと写ってます)
これが口の中の甘さを中和してくれて、食べやすくなりました。
若干反則気味ですが、お店からダメと言われてる訳ではないので♪
後半はポテトの方が美味しく感じる事態になりかけていましたが(笑)
でも、最後まで美味しくケーキを頂いてきました。

そして・・・(以下クリック)

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