ゆかりんだの日記♪

コメント頂けるととっても嬉しいです。よろしくお願いしますm(_ _)m       《「あっくんの日記」は青色の文字で、「家」に関してはピンク色の文字で書いています。》  ※お知らせ※ 皆さんからいただく「コメント」は「承認後表示」となっています。
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今年最後。

たぶん明日は大忙しなので書けないと思うので、今日が最後の日記になります。

2003年未年が終わります。来年は2004年、平成16年、申年。
あっくんは2002年生まれなんだけど、病院から退院してきて一緒に生活を始めたのは
今年になってからだったから、今年は本当にあっくんと共に生きた初めての年でした。
全ての思い出はそこに通じると言ってもいいくらいです。
あっくん以外では、障害者手帳をもらったこと、障害年金を申請したこと、かしら。

来年は、なんと言っても「足の手術」でしょう。
つっちゃんにもあっくんにも、母や妹にも面倒をかけてしまうけど、
みんなに助けてもらって、なんとか乗り越えたいと思います。
ばあちゃんが少しでも元気が回復しますように…。
あっくんをはじめ、みんなが元気で過ごせますように。
来年の夏は、足の具合も良くなって、少し遊んだりできるかな(気が早すぎか)。

皆さま、今年1年、お世話になりました。
春からHPも再開して、新しいお友達もできて、前からの長いお友達も
またお会いすることができて、とても嬉しかったです。
やっぱりHPはやめられないわ~。
来年は手術のためまたまた数ヶ月休止になると思いますが、
願を掛ける意味を込めて、閉鎖はしないで留守宅開放状態にしていきますので、
帰宅の日を待っていていただきたいな~と思っています。
いつもいつも、私のわがままに皆さまを翻弄してしまっている気がします。
こんな管理人ですが、来年もよろしくお願いします。

明日お昼頃に出発し、1月5日未明に帰宅の予定です。
それまでつっちゃんの実家に帰省しております。
なにかありましたら、掲示板の方に書き込みをします(日記は携帯から書けないので)。
皆さまも、良いお年をお迎えください☆ミ
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折れてた

いやいや、びっくりです。折れてました。
朝、あっくんを保育所に預けて、病院へ行った。
胸の痛みは少し落ち着いていたのだが、数日前から咳が出るようになって、
再び痛みが増していた。左は何ともないのに右だけ。しかも限局している。
これは咳のし過ぎによる筋肉痛じゃないだろう。
咳をするときは、そこが痛いのでとても恐怖。寝返りも激痛。
やっぱり骨がおかしいと思うんだけど…と思って、病院へ。
今度は整形外科だから、前のようなことはないだろうと、期待。
診察してもらうと…「折れてるんじゃないかなぁ」と。やっぱり?
レントゲン写真を撮る。結果…右第6肋骨骨折。ジャーン。
安静にしていたら3週間くらいで治るそうだ。しかし咳をしている状態は「安静」ではないので
まず風邪を治さないと…ということで、3日間飲む抗生剤を出してもらった。
あと、痛ければ胸バンドもありますけどどうしますか?と。
とても痛いのでもらってきた。バンドを締めると確かにいい感じ。
でも、オッパイが張って乳が出てきてしまう!いやいや、ややこしいなぁ、全く。
やっぱり、プレを飲んでいると骨がもろいので、折れることもあるのだって。
先生は「大したことないですよ」と言いながら、ため息をついていた。
私も「あちゃー」って感じ。

見ぃちゃった♪

今日はあっくんを連れて病院に行ってきた。
その帰り、病院の玄関を出て、車を止めてある場所へ向かって歩いているとき、
病院併設の保育園の横を通ったら…私、見ちゃったんです。

サンタクロース。

保育園のベランダの外で、中の様子を伺って、
中からの声は私には聞こえなかったんだけど、もしかしたら子供たちから
「サンタさ~ん!」って呼ばれたのかもしれない、
ベランダを開けて、おおきな白い袋を担いで中に入っていきました。

きっと、あの瞬間、世界中にはどこにもサンタさんはいなかったはず。
だって、私が見たあそこに、サンタさんはいたのだから。

保育園の若い先生が「あなた、サンタ係ね」と言われて、
「いやだなぁ~外で寒いのに待ってなきゃならないし…ブツブツ」なんて言って、
中に入れば「あ!○○先生だ!」なんて子どもに言われてしまって、
でも、そんなことはない、私が見たのは絶対サンタクロース。
顔は○○先生似かもしれない、でも正真正銘の、絶対サンタクロースだったんだ。

嬉しかったなぁ。
うちにもきっと来てね、サンタクロースさん。

第2ラウンド

殆ど95パーセント以上風邪はよくなっていた。
でも、なぜだか咳が時々出る。痰のからまない、喉がつっかかる感じの咳。
「咳がすっきりしないなぁ」と思っていたら、金曜日頃から痰がからむような咳に…。
ありゃ。しかもあっくんまで咳してるよ。ちょっとちょっと。またかい。
このまま風邪完治して帰省の予定だったのに、また風邪だよ。
1週間後にはお正月休みに入ってしまう。風邪なんてひいてられない。
私が自由に病院に行けるのは土曜日だけなので、
普段だったらまだ様子見の状態だが、病院に行くことにした。
鼻づまりと咳、痰。薬をもらってきた。
やだなぁ。スムーズによくなってよ、本当に。頼むよ。

胃腸炎、再び!?

12日にはすっかり具合は良くなって、あっくんを病院へ連れていったりできるようになった。
13日も平気で、あっくんのお誕生会♪
14日(昨日)、お昼に外食…中華のファミレスで、「豚バラ飯定食」なるものを食べた。
ものすごい豚バラ肉の塊がドドーン!とご飯の上に乗っている。
これがものすごい脂っこい!ごめんなさいって謝りたいくらい、食べられない。
もったいないのだけど、半分近く残してしまった。本当に脂っこくて気持ち悪くて
食べられないんだもの。酷すぎるよ、あれは。
家に帰ってからもしばらく気持ち悪かったのだが、夕方には回復した。
夜、ベイエリアのクリスマスファンタジーを見に行った。
とっても綺麗だった~!大きなクリスマスツリーと花火。
7時過ぎに帰ってきて、夕食。あっくんのお誕生日のお祝いの1升餅があるので、
お汁粉にした。あんこを買ってきてたので…。だーい好きなお汁粉。たくさん食べた。
しかし…お昼、気持ち悪かったんじゃないの?ぉぃぉぃ。
案の定、布団に入って寝つくとき、気持ち悪くなった。ムカムカする。
これはまた、11日の再来!?
…違うって、ただ単に、自分が食べた物が悪いんでしょ。まったく懲りてない。

今朝、ちゃんと治ってました。
ばか。

とんだ日になってしまった

今日はあっくんの1歳のお誕生日!
ちゃんとしたお誕生会は13日にする予定なんだけど、
でも今日は正真正銘の生まれた日!
1日の様子をビデオに撮って、写真も撮って、「1年前の今頃は…」って
思い出に耽ろう、あっくんを抱っこしていっぱいお話ししよう…って、
思っていたのに。

朝から調子が悪い。吐き気がする。
トイレに行くと下痢。水様便。
夜中から若干胸が悪かったんだけど…。
鼻水と咳は殆ど良くなって、薬も飲まなくなっていた。
昨日食べたサラダがおかしかったのかな…身体から出きったら具合も治るだろう…
下痢が続き、吐き気も強くなって何回か吐いた。
いつもなら吐くと楽になって、水分を飲んで午後には回復…するんだけど、
吐いてもあまり楽にならず、お茶を飲んでもそれも吐いてしまう。
吐き気も強まり、出すものがなくなってきているのに、嘔吐。
下痢も続き、寒気もしてきた。
末梢循環悪くなり、四肢末端チアノーゼ。脱水じゃん。やばい。
あっくんを連れて車を運転して病院に行ける元気は既になかった。
どうしよう。救急車か。こういう時ってちゃんとした判断がなかなかできないよね。
つっちゃんに電話をして、来てもらった。
今日はつっちゃんも仕事で松前に行く予定で、間一髪、つかまった。
車で病院に連れていってもらった。車の中でも1回嘔吐。ガクガク震え。
こういう時って、診察前の問診票を書くのも、ちょっと待合室で待つのも、
熱を測るのも、なんとまどろっこしいことか。
診察後、筋肉注射(たぶんプリンペラン)。
その後点滴のためにベットに横になるが、「その前にレントゲン写真を撮ることになって…」
と、レントゲン室へ。レントゲン室に着いても、先生が来るまでちょっと待ち。
こういうちょっとしたことが、途方もなく長い時間に感じる。
必要なことだとわかってはいるんだけど。そういう理性も壊れるくらい具合が悪い。
写真では膵炎はないとのこと。やっと点滴…の前に、採血。
でも末梢循環が悪いから血も出ない。諦めて点滴。
とにかく寒い。大嫌いな毛布をかけてもらっても、もっとかけて欲しい感じ。
点滴もビミョーな位置に入れられたので、腕も動かせず、
腕が動かせないってこんなに苦痛なもんか。寒気も強くて眠ることもできない。
手足は痺れてるし、身の置き所がなくごそごそ動いて、「いやぁ~」「だめだ~」と
唸っていた。時間は遅々として進まない。点滴全開で落としてよ~!早く身体に水入れて~!
なんてことはできないんだけどさ(笑)。そんな気分。
熱は38.6度。予定の本数より点滴が増えた。抗生剤も追加。
点滴が入りだして1時間くらい?して、やっと少し具合が良くなったのか、少し眠った。
目が覚めて、あ~!生き返った!死ぬかと思った。本当に。
こんなに具合が悪くても、人間って死なないんだな。ってことは、死ぬときはこれ以上ってことか。
死ぬって大変だな…。なんて思った。具合が悪い間、
「あっくんの世話はどうしよう…」って思っていた。
ご飯は瓶詰め(ベビーフード)を買ってきてもらって、夜はつっちゃんと一緒に寝てくれるかな、
おっぱいがなくても大丈夫かな…1日くらいなら、泣き通しでも死ぬことはないか…。
でも、やっと具合が良くなって、これならなんとかなりそうだわ、と思った。
こんなにしんどい思いは本当に久しぶり。SLEになったときだって、
これ程じゃなかった気がする。ぃゃ、「喉元過ぎれば…ナントカ」ってヤツだけど。
外に出て時間を潰していたつっちゃんとあっくんが部屋に来て、喋った。
一番具合の悪いときはそんな余裕もなかった。あ~本当に、助かった。
結局1000mlくらい点滴したと思う、それでもオシッコはほんの少し出ただけ。
脱水って恐ろしい。ウィルス性胃腸炎(だったらしい)って、バカにできないわ。
人が変わったように元気になって、生き返って、家に帰った。
あっくんのではなく、自分のお粥を炊いて、少し食べた。でも大丈夫みたい。

とんだ誕生日になってしまって、本当にごめんね。
あっくんの誕生日はなにか「苦しい思いをする日」なのかな?
1年前はお腹を切って、麻酔が覚めるときとっても苦しかった。気持ち悪くて。
来年は…?

オメデト☆彡(^_^)∠※ PAN!

今日はつっちゃんの誕生日。
朝から2回、「ハッピバースデーツーユー」を歌ってあげた。これがお祝い。
私だって誕生日プレゼントもらってないもん、おあいこよ。
子どもが生まれれば、親の私たちの誕生日なんてねぇ、「そういえば」程度のものよね。
しかも、あっくんの誕生日と2日違いで。
あっくんの誕生日に吸収合併です。
夕食も普通のカレーライス。34歳、おめでとう。

荒れ模様

お天気は荒れ模様。
私は美容室に行って散髪。12月って混むのかなぁ。
美容室はとっても混んでいました。

帰函

本当はこんな時なので、人の手を煩わせることなくあっくんと私の2人旅で帰ってこようと思ったのだが、
「こんな時こそなにかあったら大変」と、また母が過剰な心配をして
妹と妹の子(なっち)がついてきてくれた。
車で休憩も入れて6時間ほど。夜は寿司を買ってきて食べちゃった!
クリスマスファンタジーを見に行きたかったけど、夜から雪が降ってしまい、行けず。

病院巡り

まずは自分の病院。
風邪がスッキリとせず、咳と鼻水が続いている(少なくなってはいるが)。
それより両胸の脇が痛い!めちゃくちゃ痛い。
肋骨折れてるんとちゃうか?っていうくらい、痛い。
予約外で内科外来へ。予約外の割には早く診てもらえた、が、レジデントだ(笑)。
もし折れているとしても湿布と痛み止めくらいしかないと言われ、
風邪薬の追加処方と湿布をもらって帰ってきた。
それでも「診てもらった」という安心感は、なによりの薬よね。
そのあと母の病院へ。着替えを持って。
母も病院の乾燥した空気で喉をやられていた。
一昨日よりは少しはしっかりしていたが、まだ元気がない。
仕方がないことと思いつつも、私はそんな母が嫌だ。
弱気なことを言ったり、なよなよした声を出す母は大嫌い。
普段は意地っ張りできかないんだから、こんな時こそ本領発揮してよ。
私は優しくないんだな…妹の方が優しいなと、思う。
一旦うちに帰り、午後はばあちゃんの病院へ。
熱があって冷却されていた。
昇圧剤を使って血圧は120代。尿もきれいでたくさん出ている。
顔色もいい。声をかけるとまぶたを動かしているし、
自動血圧計を巻かれているところが痒いらしく、自分で掻いている。
今日明日にどうこうという感じには全然見えない。
でも…美味しくものを食べたり、お正月外泊してきたり、温泉に一緒に入ったり、
そういうことはもうできないかもしれないな…と、思う。思いたくないけど。
いっぱい機械をつけて、痛々しい姿になってでも生き続けて欲しい、とは思わない。
でも、今、まだばあちゃんには死んで欲しくない。
もう88だもの、十分往生したよ、なんて割り切れない。
ばあちゃんは、まだお話ができた頃、「よく『もう死んでもいい』なんて言う年寄りがいるけど、
ばあちゃんはまだまだ死にたくないよ、まだまだ遊ばにゃならんもんなぁ」なんて
言っていた。ばあちゃん、今でもまだ、死にたくないよね?
「もう(生きなくても)いいよ」なんて、思ってないよね。
ばあちゃんが死にたくないのに、周りが「もういいんじゃないか」なんて
諦めちゃダメだ!

色々考えた結果、明日函館に帰ることにしました。

色んなこと。

とても色んなことがあって、長い1日でした。
いいことも、そうじゃないことも。

今日から母が入院。急を要する入院ではなく、
そろそろ肺の方の治療をしておかないと、もっと寒くなって悪化するといけないので…
という感じのもの。それと、ついでに腸の検査などをしてくる予定で。
私も病院だったので、母を車で送って、自分の病院へ向かう。
来年になると私の手術があるから、その前に片付けておかないと…という
母の配慮。ありがとうね。
私は、今日は整形受診。いよいよ、決める日。
「3月20日過ぎにしたいんですけど」と、話す。
で、決まりました。3月19日入院、23日手術。
その前に自己血貯血があるので、3月にはいるとほぼ週に1回通院です。
あとリハ科の受診と。
手術は全置換。
まだ3ヶ月以上あるんだけど、きっとあっという間なんだろうな…。
決めちゃいました。
その後、気分を変えて、お友達とお食事会。
ホテルでランチ~♪4人で楽しく美味しく過ごしました。
私はまだ殆ど声が出なくて、食べることに専念(笑)。
サラダとデザート食べ放題で、かぼちゃの暖かいサラダが美味しくて、
食後にも食べちゃったよ。いいって。許して。
2時頃までいて、その後家に帰りました。
妹と話をしていたら電話がRRR…妹はメール中で、声のでない私が電話に出ると、
ばあちゃんのいる施設から。「…え?」と思った。
「意識がなくて…これから救急車で病院へ…」ところどころしか頭に入ってこない。
1番の連絡先はうちではなかったのだが、そちらに電話しても連絡が取れず、
3番目くらいになっているうちに電話がきたらしい。
のんびりしていた自分にスイッチが入った。
移動中の連絡先に私の携帯電話番号をこの声で(!)必死に伝えて、
寝ている子どもを起こし支度をして、大急ぎで出発。
でも、慌てちゃだめだ、落ち着かないと…でもどうして…
つい先日はとっても元気だったのに…そして、他の人達は、なぜ連絡が取れないの?
母はよりによって入院したばかりだし…。
色々な思いがぐるぐるした。先ずは、搬送先の病院に安全に着くことだ!
救急車と同時に着いた。ばあちゃんは処置室に行き、すぐに検査室へ。
長いこと待ったが、まだ叔父・叔母(ばあちゃんの子ども達)には連絡が取れず。
なぜかその後の先生の質問も孫の私たちが聞いていた。
病室に移るとき、やっとばあちゃんの顔を見た。
酸素をしているせいか、顔色はいいし、苦痛な表情でもない。
寝ている感じ。でも、手を握り返してはくれない。
このままダメになる感じはしなかった。
かなり希望的観測も含まれているんだろうけど、でも、ばあちゃんはこのまま逝かない。
そんな、あっけないばあちゃんじゃない。
私が今まで見てきた死に逝く人の顔じゃない。頼むからそうであって。
やっと叔父さんが病院に着いて、私たちは家に帰ることにした。
妹も私も小さい子どもを連れていて、しかもあっくんはまだ離乳食で、
騒いでうるさいし、ご飯も食べさせなくてはいけない。
仕方がないことだけど、こういうとき、子どもがいると融通が利かない。
入院した母に電話で伝えた。案の定、母は自分の治療どころではなくなり、
パニック状態。外泊許可をもらって出てきた。
私が「今日の夕食、妹たちと食べよう~」と買ってきた、デパ地下の豪華お惣菜は
冷たく冷えて、でも食べなくちゃと思って食べたけど、なんだか味がしなくて、
悲しい「豪華お惣菜」だった。
自分の手術のことも、とってもちっぽけなものだった。
夜、母と妹は喪服の準備をして、
私はどうしたらいいか、函館に帰るべきか、しばらく残るべきか、思案…。
あっくんがいつも通りでいることが、面倒なようで、救われているようで。

内科・眼科受診

眼科の眼圧は18。落ち着いています。
内科も、診察前採血で、SLEの方は問題なし。
風邪を引いていて炎症反応が出ていて、風邪薬を出してもらいました。
全然声が出ないよ~~。・゜゜・(>_<;)・゜゜・。
咳は減ってきているのに、こんなに声が出なかったことなんて、過去にない。
普段喋りすぎだから、お灸を据えられたのかしら。
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